ラドンの発見と歴史
ラドンの発見と歴史
概要
ラドンは原子番号86、原子質量222.0176の放射性希ガス(記号 Rn)で、ウランやトリウムの崩壊過程で生成され、ビスマスや鉛などの軽い元素へと崩壊します。希ガスは極端な条件下でのみ他の元素と結合する性質があります。
歴史
1896年、フランスの物理学者アンリ・ベックレルが黒鉱石(ウラン鉱石)に隣接させた写真板が暗闇でも感光したことから放射能を発見しました。マリー・キュリーはこの現象を説明し、「ラジオアクティビティ(放射能)」という名称を提案しました。
考察
マリー・キュリーと夫ピエール・キュリーは放射能研究を続け、ラジウムとポロニウムという新たな放射性元素を単離しました。1900年、ドイツの物理学者フリードリッヒ・エルンスト・ドーンが第三の放射性元素を発見しました。
発見
ドーンはキュリー夫妻がラジウムに曝すと空気が放射能を帯びることを観察し、ラジウムが崩壊してガスを放出することを確認しました。当初は「エマネーション(放出物)」と名付けられ、後に「ラドン」と定名されました。
特徴と位置付け
1903年、スコットランドの化学者ウィリアム・ラムゼイ卿がラドンの原子量を測定し、周期表第18族(希ガス)でキセノンの下に位置すると示しました。また、ロバート・B・オーウェンズとアンドレ・ルイ・デビエルヌも独立にラドンを発見し、オーウェンズは「ソロン」、デビエルヌは「アクチノン」と名付けましたが、最終的に「ラドン」という名称が採用されました。
