黒死病年表:1347〜1351年の簡潔な歴史

1347年

春:イエルシニア・ペスティス菌による黒死病が、中央アジアとの交易路を通じてヨーロッパに到達。最初の報告はクリミアの港町カッファで確認された。

夏:ペストはクリミア全域に急速に拡大し、中東や北アフリカへも波及した。

秋:ビザンティン帝国の首都コンスタンティノープルに到達し、バルカン半島全体へと感染が拡がった。

1348年

冬:イタリアに侵入し国内で急速に蔓延。その後、フランス、スペイン、ドイツへと拡大した。

春:イングランドとウェールズに到達し、人口に甚大な被害をもたらした。

夏:スカンジナビア半島とアイスランドへと広がった。

秋:ロシアとポーランドにも感染が及んだ。

1349年

冬:ヨーロッパ全土でペストの拡大が最高潮に達し、数百万人が死亡した。

春:一部地域で感染が減少し始めたが、他の地域では依然として猛威を振るった。

夏:ヨーロッパ全体で黒死病は次第に収束しつつあった。

1350〜1351年

各地で再発例が報告されたものの、最初の大流行ほどの規模や致死率は見られなくなった。

その後の影響

黒死病はヨーロッパ社会に深刻な影響を与えた。人口減少に伴い、社会・経済・宗教構造が根本的に変化した。

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