植民地時代の看護師の職務

植民地時代には看護は公的に認められた医療職ではなく、看護師は所属する病院や医師の従者と見なされていました。正式な教育を受ける機会がなかったため、職務は現代の看護師に比べて非常に限定的でした。アメリカ独立戦争期の軍隊看護師は、病人や負傷者の食事を調理し、ベッドの清掃・整備、創傷の手当てや薬の投与を行っていました。軍に付属する看護師は「キャンプ・フォロワー」と呼ばれ、ほとんどが兵士の妻でした。

薬剤の調合と使用

看護師の重要な業務の一つに、ハーブを用いた薬剤の調合がありました。中には自ら薬を製造し販売する女性もいました。湿布(湿ったハーブを炎症部位に貼るもの)は植民地看護の主要な道具とされ、また大容量の薬剤(ボーラス)を投与することも行われました。

副木・止血帯・縫合

副木は骨折部位を固定し、止血帯は出血を止めるために傷口を締め付け、縫合は創部を縫い合わせるために使用されました。天然痘の予防接種は、回復中の患者の傷に切れ目を入れ、糸を通してそれを接種対象者の腕に引き込む方法で行われました。

包帯と香の使用

包帯は看護師の主要な道具であり、創傷の包帯やドレッシングは日常的な業務でした。さらに、ハーブで作った香を焚いて病院内を煙で清め、空気を浄化する役割も担っていました。