14世紀ヨーロッパの黒死病―死者はどのように処理されたか
14世紀にヨーロッパを襲った黒死病は、前例のない死者数の増加をもたらし、各地で様々な埋葬方法が取られました。以下は、当時の文献・考古学的証拠・近代学術研究に基づく代表的な処理法です。
1. 集団墓(大量埋葬)
死者が圧倒的に多かったため、市外に何百、時には何千もの遺体を収められる大規模な掘りごたつが作られました。
2. 疫病坑(プラーグ・ピット)
城壁の外に特別に区画された溝が設けられ、石灰で消毒したものもありました。
3. 教会墓地・一般墓地
従来の墓地も使用されましたが、埋葬数の急増ですぐに埋まり切ってしまいました。
4. 家屋埋葬
資源が不足した地域では、家族が自宅や近隣の建物の中に死者を埋めることもありました。
5. 焼却
埋葬スペースが足りない場合、感染拡大防止のために遺体を焼くことが許可された地域もありました。
6. 船での漂流埋葬(フローティング・バーレル)
沿岸部では遺体を船に乗せて海へ流し、潮流に任せて処理した例が報告されています。
7. 臨時埋葬
死亡ピーク時には、後に正式に埋葬できるようになるまで、一時的に仮設の場所に遺体を保管したケースも見られます。
これらの方法は地域ごとの慣習、宗教観、利用できる資源、そして感染への恐怖心によって大きく異なります。現在もメアリー・キャラサーズやイタリア国立公文書館の研究者らが、当時の大量死に社会がどのように対処したかを詳しく検証しています。
