ルー・ゲーリグ病(ALS)の歴史と最新研究
概要
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、神経変性疾患で、筋肉の随意運動が徐々に失われます。米国の野球レジェンド、ルー・ゲーリグが1939年に診断されたことで「ルー・ゲーリグ病」の名称が広まり、国際的な関心を集めました。
意義
ルー・ゲーリグ病は、ALSの中でも最も知られた患者であるルー・ゲーリグにちなんで名付けられました。彼は1941年に37歳で亡くなり、以後、物理学者スティーブン・ホーキングが生存患者として広く認知されています。
病態と症状
ALSは上位・下位運動ニューロンの変性により、筋肉への信号が途絶えることで筋力低下・萎縮が進行します。患者は全身の動きを制御できなくなりますが、排尿・排便機能や眼球運動は比較的保たれます。
ALSの初期研究
1850年、イギリスのオーガスタス・ウォラーが死体の神経線維の萎縮を報告。1869年、フランスのジャン=マルタン・シャルコーが「筋萎縮性側索硬化症」として初めて記述し、1881年に英訳が出版されました。1950年代には、グアムの先住民族チャモロ族で疫学的な増加が報告されています。
近年の研究成果
- 1991年、染色体21号と家族性ALS(FALS)の関連が示唆。
- 1993年、SOD1遺伝子(染色体21号)がFALSの一因であることが判明。
- 1996年、米FDAが初のALS治療薬リルテック(リルゾール)を承認。
- 1998年、診断基準「エルエスコリアル基準」が策定。
- 2001年、染色体2号上のALS2遺伝子(Alsin)が特定のALS変異型を引き起こすことが明らかに。
著名なALS患者
ルー・ゲーリグに加え、ギタリストのジェイソン・ベッカー、アーティストのタッカー・スティリー、ミュージシャンのエリック・ロウエン、NFL選手のオーランド・トーマスやO.J.ブリガンス、イタリアサッカー選手ステファノ・ボルゴノーヴォ、政治家スコット・ルドゥ、そして『セサミストリート』の創作者ジョン・ストーンなどがALSと闘いました。
まとめ
近年の遺伝子研究や新薬の開発により、ALS患者の予後は徐々に改善していますが、根本的な治療法は未だ確立されていません。引き続き研究と啓発が重要です。
