法歯科学(フォレンジック・オドントロジー)の歴史
法歯科学(フォレンジック・オドントロジー)は、歯の情報を用いて死者の身元を特定する学問です。紀元1世紀に起源を持ち、現在では米国法歯科学委員会(American Board of Forensic Odontology)など国際的に認められています。
古代史と中世
最古の歯科鑑定記録は紀元66年にさかのぼります。ネロ皇帝の母が、ロリナ・ポリナの頭部を見て歯の変色から死亡を確認したとされています。その後、中世でも歯科記録が利用され、カスティヨンの戦いで死亡した兵士ジョン・タルボットの身元特定に活用されました。
アメリカ初期の歴史
新大陸での最初の法歯科学的利用は、歯科医で革命家のポール・リビアが、2年前に作成した義歯ブリッジを基に、ジョセフ・ウォーレン博士の身元を特定したことです。約75年後のウェブスター・パークマン事件では、被害者の残骸から得られた歯の詰め物が法廷で証拠として受け入れられました。
20世紀中盤
法歯科学は1950年代に大きな進展を遂げました。ウェルティとグラスゴーという二人の歯科医が、歯科記録をカード式に整理し、コンピュータで迅速に検索できるシステムを開発。これにより、災害遺体の同定作業が格段に正確かつ効率的になりました。
近年の活用例
2001年のワールドトレードセンター攻撃では、遺体の多くが焼失する中、歯だけが残存し、身元確認に重要な役割を果たしました。指紋が主な識別手段であるものの、法歯科学は多数のケースで有用と認められ、米国法歯科学委員会でも正式に評価されています。
将来への課題と展望
現在、歯科記録は対象者が限定されている場合にしか有効ではありません。航空事故などで多数の遺体が混在する際、まず搭乗者名簿から候補者を絞り込む必要があります。技術が進めば、指紋と同様に自動的に歯科記録を照合できるシステムの実現が期待されています。
