うつ病に対する電気痙攣療法(ECT)の概要
定義
電気痙攣療法(ECT)は、全身麻酔下で患者の頭部に短時間かつ強力な電流を流し、痙攣(発作)を誘発する精神科治療です。痙攣は15秒から1分程度続き、薬物療法に抵抗性のある重度うつ病やカタトニアの患者の生活の質を短期・長期にわたり改善するとされています。
歴史
1500年代にヨーロッパの医師が化学薬剤で痙攣を起こす実験を行ったのが始まりです。1934年、ハンガリーの精神科医ラディスラース・メドゥナはカンフルとメトラゾールを用いて統合失調症やてんかんの治療に痙攣療法を提案しました。1937年にスイスで国際会議が開催され、メトラゾール療法が広がりました。同年、イタリアのウゴ・チェレッティとルチオ・ビーニが電気で痙攣を誘発する実験に成功し、電気を用いた療法が主流となり、ECTが誕生しました。
以降、記憶障害や筋肉損傷を軽減するために、電流波形をサイン波から短パルスの交流に変え、治療前に筋弛緩剤を投与するなどの改良が行われました。現在、毎年約100万人が重度うつ病の治療にECTを受けています。
手順
ECTは、抗うつ薬が効果を示さない重度うつ病・重度躁病、妊娠中の患者(母体の脳にのみ影響)、過去にECTで良好な反応を示した患者に適応されます。通常は患者の同意のもとに行われますが、カタトニックうつや自殺リスクが高い場合は同意なしで実施されることがあります。
治療前に脳波(EEG)と心電図(EKG)を装着し、短時間作用型麻酔薬(メトヘキシタール、プロポフォール、エトミデート、チオペンタールなど)で睡眠状態にします。その後、筋弛緩剤スキシニルコリンを投与し、必要に応じて唾液分泌抑制薬アトロピンを使用します。患者は酸素マスクで純酸素を吸入します。
電極は単側(非利き手側の側頭部と額部)または両側(両側頭部)に配置されます。約800 mA(0.8 A)の短パルス電流を1〜6秒間流すと、30〜60秒の痙攣が誘発されます。治療後10〜15分で覚醒し、30分〜1時間程度で混乱や頭痛、筋肉のこわばりは収まります。
作用機序
臨床的にはECTが有効であることは確かですが、正確な生理学的メカニズムは完全には解明されていません。EEGでは発作後にδ波が増加し、睡眠時と類似した低周波状態になることが確認されています。
細胞レベルでは、ECTはシナプス後セロトニン受容体の感受性を高め、海馬におけるグルタミン酸とGABAの放出を増加させます。また、ノルアドレナリンとドーパミンの負帰還受容体を鈍感化させ、血中濃度を上昇させます。
2006年の研究では、重度うつ病患者の血中で脳由来神経栄養因子(BDNF)の濃度が上昇することが示されました。BDNFは新しい神経細胞の生存と成長を促進し、特に長期記憶に関わる領域で重要です。ただし、BDNFの低下が原因か症状かは未だ議論が残ります。
副作用
ECT直後の20〜60分間は一時的な混乱や記憶障害が見られます。また、数週間〜数か月前の出来事(逆行性健忘)や治療後の出来事(前向性健忘)を忘れるケースもあります。特に両側ECTは逆行性健忘が起きやすいですが、効果は単側より高いとされています。
重度うつ病自体も記憶障害を伴うため、どちらが原因か判別しにくい点があります。米国外科医長官の1999年の報告では、ECTが「大きな構造的脳病変」を引き起こす証拠はないと結論付けられました。現在、永続的な重度記憶障害は全患者の0.05%(2,000人に1人)程度にとどまります。
