ポリオワクチンの歴史と成功までの道のり
ポリオは記録が残る以前から、特に子どもたちに深刻な麻痺や死亡をもたらす感染症でした。ウイルスが中枢神経系に侵入すると、四肢の麻痺や呼吸困難を引き起こす「麻痺性ポリオ」へと進行します。ジョナス・サルクが効果的なワクチンを開発するまで、米国だけでも毎年約2万5千人の子どもが麻痺性ポリオに罹患していました。
ワクチンが登場する前
1789年、イギリスの医師マイケル・アンダーウッドがポリオの最初の臨床記述を行いました。1840年にはヤコブ・フォン・ハイネが脊髄に関わる疾患であることを指摘しています。米国では1894年にバーモント州で132例の感染が確認され、初の大規模流行となりました。1908年にオーストリアの医師二人がポリオウイルスを同定し、1916年の米国大流行では隔離と検疫が唯一の対策でした。
ワクチン開発の試み
ポリオワクチンの開発は、モーリス・ブロディとジョン・コルマーという二人の医師が競い合う形で進められました。1935年の臨床試験では、ワクチン接種後にポリオが発症し、死亡例も報告されました。ポリオ生存者で米国大統領フランクリン・ルーズベルトは1935年に国立小児麻痺基金(National Foundation for Infantile Paralysis)を設立し、1938年にはエディ・カンターが「March of Dimes(ダイムスの行進)」というキャンペーン名を考案して資金調達を呼びかけました。
治療法の確立
オーストラリアのエリザベス・ケニー修道女は、熱療法と患部のストレッチを組み合わせたリハビリテーション法を開発し、1942年にシスター・ケニー・インスティテュートを設立しました。このケニー療法はポリオ患者の標準治療となりましたが、感染拡大は止まらず、流行は続きました。
ジョナス・サルクとワクチンの成功
ジョナス・サルクは1947年にサラ・メロン科学財団が設立した医療研究所に参加し、翌年ポリオウイルスの分類研究のための助成金を受けました。組織培養技術を用いてウイルスを増殖させ、1952年に不活化ウイルスを用いたワクチンが小規模試験で有効性を示しました。しかし1953年には米国で新たに3万5千件のポリオが報告されています。
大規模臨床試験とその成果
1954年、国立小児麻痺基金が主導した大規模臨床試験が実施され、180万人以上の子ども(「ポリオ・パイオニア」)がワクチン、プラセボ、または何も接種しない群に割り付けられました。試験結果は1955年に発表され、翌年の大規模予防接種開始により米国の新規感染は5,600件に減少。1962年にサビンの経口ワクチンが導入され、1964年には新規感染はわずか121件となりました。米国での国内発生は1979年が最後で、それ以降は輸入症例やワクチン起因例のみです。現在、世界でポリオが残るのは6か国で、2005年にはナイジェリアとスーダンで合計105例が報告されました。
