メディケア加入の歴史

メディケアは米国社会保障局(SSA)の一部として、65歳以上の高齢者に手頃な医療保険と医療サービスを提供しています。SSAによれば、米国人口の約10%がメディケアに加入しており、加入者本人への直接的な医療支援だけでなく、若い家族が高齢者の医療費負担から解放されるという間接的な効果もあります。

最初のメディケア提案

1945年、ハリー・S・トルーマン大統領は全国健康保険制度の立法を求め、同年11月19日にSSAを通じた健康保険計画の制定を議会に要請しました。提案は連邦資金で困窮者の医療費を賄うことも含んでおり、激しい議論を呼びましたが、トルーマン政権の任期が終わる頃には改革への圧力は緩和されました。

メディケア成立

1965年、リンドン・B・ジョンソン大統領は社会保障受給者向けのメディアケアと低所得者向けのメディケイドを法制化しました。トルーマン前大統領は最初の受給者として登録され、当時のメディケア・パートBの月額保険料はわずか3ドルでした。

1970年代の拡充

1972年、障害年金受給者(24か月以上)や末期腎不全患者も対象に加わりました。また、医師・入院・看護・検査・歯科に加えて、カイロプラクティックや言語・理学療法もカバーされ、HMOへの支払いが認められました。さらに、低所得者向けの補足保障所得(SSI)が創設され、SSI受給者は自動的にメディケイドの対象となりました。

1980年代の改革

1982年にホスピスケアが一時的に導入され、1983年には診断別支払い(DRG)方式へ移行しました。同年、民間連邦職員の大部分がメディケア対象となり、1984年までにすべての連邦職員が加入しました。後半ではホスピスケアの恒久化、定期的なマンモグラフィーやパップスミアの実施、重篤疾患や処方薬のカバーが追加・削除されました。

1990年代の拡張

1990年代には医師サービスの支払いが料金表方式に変更され、1997年のバランスド・バジェット法に基づき「メディケア・プラス・チョイス」(パートC)が創設され、民間プランへの加入が可能となりました。1999年に財政的制約が緩和され、2000年には外来・在宅医療の支払い制度が本格的に導入されました。

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