抗菌剤の発明と歴史的意義
抗菌剤(防腐剤)は、微生物の増殖を抑える物質であり、外科手術の安全性を飛躍的に向上させた重要な発明です。ここでは、イグナツ・ゼムメルワイスとジョセフ・リスターが行った手洗いと化学消毒の取り組みを中心に、抗菌剤の歴史的展開を解説します。
イグナツ・ゼムメルワイスの感染症研究
ハンガリー出身の産科医、ゼムメルワイスはウィーン総合病院で出産の成績を調査し、医師が助産した場合は産褥熱で死亡する女性が約20%に達することを明らかにしました。一方、助産師が担当すると死亡率は30人に1人程度に留まります。当時はまだルイ・パスツールの細菌説は提唱されていませんでしたが、ゼムメルワイスは医師と助産師の違いは「連続して複数の患者を扱う」点にあると考え、特に解剖学の実習で死体を扱った医学生が手に血液や組織を残したまま診察に入ることが感染の原因と疑いました。
ゼムメルワイスと手洗い
この仮説に基づき、ゼムメルワイスは医師に漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)を含む溶液で手を洗うよう指示しました。その結果、産褥熱で死亡する女性は60人に1人まで減少しました。しかし、1849年のハンガリー反乱後、ウィーンの病院では彼の手洗い方針は廃止され、ゼムメルワイスは解雇されてしまいました。
ジョセフ・リスターの役割
1860年代、スコットランド・グラスゴーの外科医ジョセフ・リスターは、ゼムメルワイスの手洗い報告とパスツールの細菌説を同時に知ります。彼は「化学的手洗いが細菌を死滅させる」ことに着目し、創傷を炭酸フェノール(カルボリック酸)に浸した包帯で覆う方法を試みました。その結果、敗血症などの術後感染による死亡率が著しく低下したのです。リスターはこの成果を1867年の『ランセット』誌に報告し、やがて世界中の外科医が彼の手法を採用・改良するようになりました。
その後の展開
米国の外科医ウィリアム・ハルステッドはリスターの報告を受け、手洗いに炭酸フェノールを使用し、看護師にも同様の手洗いを義務付けました。看護師が化学薬品で手が荒れることに不満を示すと、ハルステッドはゴーダイヤー社にゴム製の薄手手袋の製作を依頼しました。さらに、エルンスト・フォン・ベルクマンやパスツールは、手術器具を蒸気や炎で加熱消毒することで感染率を下げる方法も提唱しました。
意義
抗菌剤の導入により、手術は単なる最終手段ではなく、信頼できる治療法として確立されました。抗菌剤がなかった時代は、手術は感染と死亡のリスクが高いため、他に選択肢がない場合にのみ行われていました。現在の外科医療は、ゼムメルワイスとリスターが築いた「清潔保持」の原則なくしては成り立ちません。
