中世におけるハンセン病(らい病)の治療と隔離
ハンセン病(らい病)の症状
中世においては、ハンセン病は他の皮膚疾患と誤診されることが多く、早期発見は困難でした。細菌は潜伏期間が数年にわたり、症状は患者ごとに異なります。
- 顔や四肢に現れる発疹
- 顔面の皮膚肥厚
- 鼻血や鼻の出血
- 鼠径部や腋窩のリンパ節腫脹
- 指や足趾の切断、失明などの合併症
治療と隔離政策
13世紀に設立されたレパー病院やコロニーは、患者を社会から隔離し感染拡大を防ぐ目的で作られました。家族は分断され、配偶者は同伴するか離婚を選ばざるを得ませんでした。病院は寄付や慈善活動に依存していました。
治療法としては、ヘビの肉や様々な薬草を混ぜた「テリアック」が12世紀の『アンチドタリウム・ニコラエ』で効果があると称賛されました。また、中世遺骨に多くの水銀が検出されていることから、水銀が治療に使用されていたと考えられますが、ハンセン病に対する確実な治癒効果は確認されていません。
