X線撮影の歴史
発見
1895年、ドイツ・ヴュルツブルク大学のウィルヘルム・コンラート・レントゲン教授が陰極線管の実験中に、ほとんどの固体を通過できる光を観測し、X線を発見しました。
この発見は科学界と報道で大きな関心を呼び、他の研究者たちも次々に追随しました。
医療への応用
発見が公表されてから1か月以内に、ヨーロッパと米国でいくつかの医療用X線写真が撮影され、外科医が手術の際に活用しました。1896年6月、レントゲンの発表からわずか6か月で、戦場の医師は負傷した兵士の体内にある弾丸の位置を特定するためにX線を使用していました。
医療分野では「放射線医学(ラジオロジー)」として不可欠であり、歯科でも虫歯の検出に利用されています。
熱電子管の登場
当初は様々な方法でX線が生成されていましたが、1913年に米国の技術者ウィリアム・クーリッジが、現在でも使われている熱電子管を開発しました。タングステンフィラメントから放出される陰極線の電流を調整することで、X線ビームの強度を変えることができます。
産業利用
クーリッジの熱電子管により、100キロボルトまでの高電圧でX線を発生させ、貫通力が大幅に向上しました。1922年には200キロボルト、1931年にはGEが1,000キロボルトの発電装置を開発しました。
高電圧のX線は金属を透過できるため、配管内部の溶接部やコンクリート内部の鉄筋・配管の検査に広く利用されています。
セキュリティへの応用
1960年代、空港の手荷物検査にX線スキャナーが導入され、金属探知機と併用して爆弾の検出が行われるようになりました。
以降、空港だけでなく多くの官公庁でも標準的な装置となっています。
危険性
X線に被曝すると、体内に微量の放射線が残り、長期間にわたって蓄積するとがんのリスクが高まります。
被曝の影響がすぐに現れなかったため、初期には危険と認識されていませんでした。最初にX線被曝で死亡したのは、トーマス・エジソンの助手であったクラレンス・ダリーです。
20世紀前半に放射線の影響に関する研究が進み、鉛シールドなどの防護策が確立されました。
興味深い事実
放射線の危険性が十分に理解される前は、1920年代から1940年代にかけて「靴のサイズ測定用蛍光装置」が販売され、X線で足の形を確認することが流行しました。
