アメリカ南北戦争におけるマラリア
歴史的背景
現在マラリアと呼ばれる疾患は、歴史が記録される以前から人類にとって大きな災厄でした。かつては「熱病」や「沼熱」などと呼ばれ、原因となる場所は分かっていたものの、媒介者が特定されるのはずっと後のことです。マラリアは寄生性の血液病で、熱帯地域の雌のハマダラカの蚊が媒介します。
南北戦争時の実態
南北戦争では、兵士の死亡原因の3割以上が病死で、連邦軍では5人に3人、南軍では3人に2人が病死とされています。マラリアは正確に診断されなかったため統計は不明ですが、全兵士の約25%がマラリアで命を落としたと推定されています。
症状と診断
当時のマラリアの症状は現在と変わりません。寒気、震え、激しい関節痛、発熱、嘔吐、貧血、痙攣などが見られます。初期症状は皮膚のしびれや寒気に続き、4〜6時間続く熱が出ます。このサイクルは36時間から2日ごとに繰り返されます。
治療法と薬剤
南北戦争期にはキニーネが主な治療薬として用いられました。キニーネは塩の形で供給され、投与量の調整が難しく副作用(シンコニズムやまれな死亡例)もありましたが、効果が期待できたため広く使用されました。1940年代に入ると、より効果的な薬が登場するまで使用が続きました。
誤認とその結果
当時の医師はマラリアが蚊を媒介とすることを理解していませんでした。むしろ、沼地の有毒ガスが原因と信じられ、兵士は沼地近くに配置されることが多く、結果として銃弾よりもマラリアによる死亡者がはるかに多くなりました。マラリアは歴史上何百万人もの命を奪い、現在でも重大な公衆衛生問題です。
