1918年 スペイン風邪
1918〜1919年に発生したスペイン風邪は、2000万〜4000万人の死亡者を出しました。これは、1347年に始まった黒死病が4年間で死亡させた人数を上回ります。主に15歳から34歳の若年層が罹患し、健康な人でも昼間に急激に倒れ、翌朝までに死亡するケースが多発しました。当時は第一次世界大戦中で、ドイツが生物兵器として作ったのではないかという憶測が広がりましたが、正確な発生源は不明です。兵士の大規模な移動がウイルスの世界的拡散を助長し、スペインで最初に多数の患者が報告されたことから「スペイン風邪」と呼ばれるようになりました。
1957年 アジア風邪(H2N2)
1957年に発生したアジア風邪は、スペイン風邪ほど致命的ではありませんでしたが、全世界で約200万人の死亡者を出しました。原因ウイルスはH2N2型で、医学の進歩によりウイルスの特定が迅速に行われ、同年8月にはワクチンが限られた量ながら供給されました。感染は主に学童、若年成人、妊婦に広がり、子ども同士の教室内での伝染が顕著でした。高齢者は感染率は低いものの、死亡率が最も高くなりました。
1968年 香港風邪(H3N2)
1968年に香港で始まった香港風邪はH3N2型ウイルスが原因で、スペイン風邪やアジア風邪に比べて症状は軽度でした。全世界で約100万人が死亡し、米国だけでも3万4千人が死亡しました。感染は2冬にわたって拡大し、米国で最初の症例は1968年に確認されましたが、死亡が顕著になるのは同年後半になってからです。流行が12月の冬休み期間にピークを迎え、学校が休校だったこと、抗生物質による二次細菌感染の治療が可能になったこと、そして一部の人々が1957年型ウイルスに対する免疫を保持していたことが、致死率を低減させました。
20世紀におけるこれら3つの大流行は、医学と公衆衛生の進歩がインフルエンザの影響を抑える鍵となることを示しています。
