20世紀以前の双極性障害の扱いは?

極端に高揚した状態と深い絶望が交互に現れる症状は、かつては「躁うつ病」と呼ばれ、1980年に米国精神医学会が「双極性障害」と改称しました。この病は古代から知られており、当時は犯罪者や貧困者と同様に施設に収容され、統合失調症など他の精神疾患と同じ扱いを受けていました。

躁状態(マニア)

古代では、幸福感だけがあるため治療の必要はないと考えられていました。医師がその幸福がうつ状態という反対極と交互に現れる「精神の振り子」であることに気づいたとき、初めて疾患の一部として認識されました。

古代の治療法

エジプト人はうつは運命の逆転や地位の喪失が原因とし、対話や信仰によって治すべきと考えました。ギリシャ人は黒胆汁の過剰がうつ、黄胆汁が躁を引き起こすとし、瀉血や嘔吐で体内バランスを回復させようとしました。

ソクラテスは精神疾患は天からの恵みと考え、アリストテレスは音楽が憂鬱を和らげると主張。ヒポクラテスは禁欲・運動・野菜中心の食事で憂鬱を追い払えると説きました。

診断観の変遷

やがて身体的説明は精神的起因説へと転換しましたが、原因は依然として悪魔憑依や道徳的弱さとされ、除霊や宗教的熱意でしか治せないと信じられました。その結果、患者は共同体から排除され、魔女と疑われて火刑に処されることもありました。

収容施設

14世紀、ロンドンのベッドラム(Bedlam)は悪名高い精神病院となり、囚人は暗く湿った独房に鎖で縛られ、光や新鮮な空気もなく、粗悪な食事で虐待されました。18世紀には見世物として見物客が訪れました。

同じく18世紀、家族が精神疾患者を自宅に留める場合、部屋に閉じ込めて生かすだけの状態が一般的で、貧しい患者は劣悪な救貧院に入れられました。

精神病院の発展

1752年、クエーカー教徒がペンシルベニア病院を設立し、衛生的かつ人道的な環境で精神患者を治療しました。1769年、ベンジャミン・ラッシュはバージニア州ウィリアムズバーグに米国初の精神病院を開設し、「米国初の精神科医」と称されました。彼は拘束具を使用せず、患者を完全に固定できる「鎮静椅」や、頭部を外側に向けて回転させ血流を促す「ジャイロトーター」などを用いました。

19世紀後半、ドロシア・ディックスの活動により、米国全土で30以上の公的精神病院が建設され、患者の生活環境は大きく改善されました。

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