屈折眼科手術の歴史と進化

ヨーロッパにおける屈折手術の始まり

レオナルド・ダ・ヴィンチが16世紀に屈折異常の可能性を論じたものの、実際に手術で視力矯正を試みたのは19世紀になってからです。1869年、オランダの眼科医ヘルマン・スネレンは、角膜に切開を入れることで乱視を矯正できると指摘しました。さらに1898年、L.J.ランスは角膜を切開して形状を変えると、光の経路が変わり網膜上に正しく焦点が結ばれることを示し、これを「角膜切開(keratotomy)」と呼びました。

放射状角膜切開(Radial Keratotomy, RK)

1930〜40年代に日本の眼科医佐藤努は、角膜切開の概念をさらに探求し、放射状に放射状の切開を入れる手法を確立しました。ロシアの科学者スヴャトスラフ・フョードロフは、中心部を残しながら多数の放射状切開を行うことで近視と乱視の矯正を実現し、手術結果を予測する式も開発しました。

アメリカでのRK

1978年、米国でRKが導入され、国立眼研究所は「PERK(Prospective Evaluation of Radial Keratotomy)」研究を開始しました。研究はRKが視力改善に有効であることを示しましたが、時間とともに視力の安定性が低下するケースも報告されました。その後、手術器具の改良により1980年代にRKは米国で広く普及し、同時に乱視矯正用の「角膜乱視切開(AK)」も開発されました。しかし、1990年代に入ると新しい技術の登場によりRKは次第に廃れました。

エキシマーレーザーと光屈折角膜切除術(PRK)

1970年代後半に半導体製造向けに開発されたエキシマーレーザーは、組織を熱で損傷させずに精密に除去できる「クールレーザー」でした。眼科医はこの特性を利用し、角膜上皮のごく一部を正確に除去して屈折異常を矯正する手法を研究しました。1983年、スティーブン・トロケルが光屈折角膜切除術(PRK)とエキシマーレーザーのデータを発表し、翌年に初手術を実施しました。1985〜86年にエキシマーレーザーが眼科界に広く紹介され、FDAの承認を受けてPRKは主流の屈折手術となりましたが、術後に角膜の混濁(ハゼ)が生じるケースも報告されました。

レーザー角膜内層切除術(LASIK)

コロンビアのホセ・バラケルは、角膜組織を薄いフラップとして切り取り、凍結・再形成後に再装着する手術法を開発しました。その後、フラップ自体を除去せずに済むことが判明し、1990年に「レーザー角膜内層切除術(LASIK)」が誕生しました。エキシマーレーザーでフラップ下の角膜組織を除去し、屈折誤差を補正した後、フラップを元に戻すという手順です。1999年にFDAが承認し、現在では米国で最も一般的に行われる屈折手術となっています。LASIKは近視だけでなく遠視の矯正にも適用可能です。

さらなる進歩

LASIKは手術手順やエキシマーレーザーの性能向上により、治療範囲が拡大しています。代表的な進化として、三次元測定に基づく「カスタム波面矯正」や、フラップ作成にブレードではなくレーザー(フラップレーザー)を使用する手法があります。ただし、角膜が薄い、瞳孔が大きい、結合組織疾患や血管疾患を持つ患者はLASIKの適応外です。近年は、白内障手術で使用される眼内レンズに似た「埋め込み型コンタクトレンズ」も開発され、自然の水晶体は残したまま追加レンズを眼内に挿入する新しい屈折矯正法が注目されています。

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