ホルモン補充療法(HRT)と心臓発作リスク
更年期の症状緩和のため、長年にわたり女性はホルモン補充療法(HRT)を利用してきました。ホルモンは体内で産生が止まったエストロゲンやプロゲステロンを補うもので、心血管疾患の予防にも効果があると考えられていました。しかし、2002年に実施された「Women's Health Initiative(WHI)」という大規模研究により、HRTが心臓発作のリスクを増大させる可能性が示され、以降の健康指針に大きな影響を与えました。
Women's Health Initiative(WHI)とは
WHIは、更年期女性を対象にホルモン補充療法の影響を検証した米国主導の研究です。エストロゲン+プロゲステロン併用療法とエストロゲン単独療法の2種類が比較され、従来の研究で示されていた「ホルモンは心臓病を防ぐ」という見解に疑問を投げかけました。
心臓発作リスクの増加
2002年5月に公表されたWHIの結果によると、エストロゲン+プロゲステロン併用療法を受けた女性は、心臓発作だけでなく脳卒中や血栓のリスクも有意に高くなっていました。そのため、研究参加者にはホルモン剤の中止が勧告されました。
一方、エストロゲン単独療法を受けた女性は心臓発作のリスクは上昇しませんでしたが、やはり脳卒中や血栓の発生率は増加していました。
この結果を受け、米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)は、2020年代初頭に「更年期症状緩和のためのエストロゲン+プロゲステロン併用療法の常用は推奨しない」とのガイドラインを発表しました。
HRTの代替手段
米国国立衛生研究所(NIH)や各種医療機関は、ホルモン剤に代わる更年期対策として生活習慣の改善を推奨しています。具体的には、以下のような方法があります。
- 辛い食べ物やカフェインの摂取を控え、体温上昇を防ぐ。
- 涼しい環境で睡眠をとる。
- 適正体重の維持と定期的な運動。
- 大豆製品に含まれるイソフラボンなど、ホットフラッシュ緩和に効果が期待できる食品の摂取。
- 必要に応じて抗うつ薬を用い、情緒不安定や不眠を管理する。
新たな研究結果(2009年)
2009年5月に米国公衆衛生協会(APHA)の医学部門誌に掲載された研究では、米国女性のHRT使用率が低下したことと同時に、女性の心臓発作件数も減少したことが報告されました。ただし、脳卒中の発生率は変化が見られませんでした。これは、HRTを使用しない女性の方が心臓発作のリスクが低いことを示唆しています。
現在の推奨と今後の展望
WHIの影響は依然として大きく、現在では心血管疾患予防の目的でHRTを処方することは一般的ではありません。マヨクリニックによれば、WHIデータの再解析により、早期更年期(閉経直後)に限ってはエストロゲンが一定の保護効果を示す可能性があるとされています。
さらに、Kronos Early Estrogen Prevention Study(KEEPS)という新しい長期研究では、更年期開始直後にHRTを開始した場合、心臓発作のリスク低減が期待できるという予備的結果が報告されています。ただし、最終結果が出るまでには数年を要する見込みです。
総合的に見ると、HRTは更年期症状の緩和に有効な手段である一方、心血管リスクを考慮した上で、個々の健康状態やリスクプロファイルに合わせた慎重な判断が求められます。
