腹水(アスサイト)の定義と概要
診断と定義
腹部に不快感や膨満感があり、皮膚が張っている、呼吸がしにくい、吐き気を伴うことがあります。これらは腹水(アスサイト)の典型的な症状です。腹水とは、腹腔(腹部の腔)に過剰な液体がたまる状態で、医学的には「腹腔液貯留」や「腹部水腫」などとも呼ばれます。腹水は単なる症状ではなく、肝硬変や心不全など重篤な基礎疾患のサインであるため、原因疾患の治療と同時に対症療法が必要です。
原因
主な原因としては、肝硬変や重度の肝疾患、肝炎、肝細胞癌、うっ血性心不全、拘束性心膜炎、ミーグ症候群、甲状腺機能低下症、血管炎、ネフローゼ症候群、膵炎、膵臓や卵巣の癌があります。また、放射線治療や化学療法といったがん治療の副作用、外傷後の内部出血も腹水を引き起こすことがあります。
健康な人でも腹腔内には少量の液体が存在し、女性は月経期に約20 mL程度増加しますが、総量はごくわずかです。腹水が蓄積すると、軽度で1〜4 L、重度で10〜12 Lもの液体がたまることがあります。
腹水は毛細血管、肝臓、膵臓、リンパ系からの漏出で、漏出性(トランスデュート)または炎症・腫瘍性(エクスデュート)に分類されます。門脈圧亢進が原因のトランスデュート性液は、血管内圧の上昇で生じ、エクスデュート性液は炎症や悪性腫瘍による活性分泌が原因です。
治療法
治療には食塩・水分制限、利尿剤の投与、アルドステロン拮抗薬、腹腔穿刺(パラセンテシス)による液体除去、場合によっては肝移植や腎移植が検討されます。パラセンテシスは針を用いて腹腔内の液体を採取または排出する手技で、呼吸困難や腹部圧迫感の緩和に有効です。ただし、根本原因の診断と治療が最優先です。
例として、作曲家ベートーヴェンは1827年に「水腫」と診断され、大量の腹腔穿刺を受けました。症状は一時的に改善したものの、根本の肝不全が原因で2日後に死亡しました。
歴史
古代ローマの医学者アウルス・コルネリウス・ケルスは紀元前20年頃に、体内の余剰液を除去するための穿刺法を記述しており、これが最古の腹腔穿刺とされています。歴史的に「ドロプシー(dropsy)」と呼ばれたこの症状は、常に生命を脅かす重篤な状態とみなされてきました。
専門家の見解
現在、腹水研究の中心的組織として国際腹水クラブ(International Club of Ascites, ICA)があり、1990年に設立されました。ICAは「肝硬変の進行とその合併症(腹水)の科学的研究を促進し、臨床定義や診療指針に関する専門家コンセンサスを高める」ことを使命としています。世界各地で学会が開催され、最新の研究論文やレビューが公開されています。
