咳止めドロップの歴史

食事の代わりのキャンディ

咳止めキャンディの原型は、19世紀前半にニューヨーク州ポークキープシで飲食店を経営していたジェームズ・スミスが、路上商人スライ・ホーキンスからレシピを入手したことに始まります。ホーキンスは熱々の食事と引き換えに自慢の「咳キャンディ」の作り方を提供し、取引は成立しました。

咳キャンディの調理

スミスは自宅のキッチンで試作を行い、5ポンドずつのバッチで美味しいキャンディを作り上げました。レストランの客に無料サンプルを配布すると、味と咳止め効果が好評で、注文が増えるとすぐに商品化の可能性を確信しました。

事業拡大

本業のレストランと両立できずに事業拡大に踏み切れなかったスミスは、息子のウィリアムとアンドリューに事業を託しました。二人はステージコーチ駅で販売を始め、やがてハドソンバレーやキャッツキル山脈まで販売エリアを広げ、1日あたり6トン以上の生産規模にまで成長させました。

広告の効果

父親が地元紙に小さな広告を出しただけでは不十分と感じた息子たちは、シンプルかつ繰り返しの広告で認知度を高めました。その結果、薬局でもスミス・ブラザーズの咳キャンディが常備品となり、売上が急伸。やがて「キャンディ」から「ドロップ」という呼称に変わり、現在の咳止めドロップが誕生しました。

瓶から箱へ

競合他社が同様の瓶詰め商品で市場に参入する中、スミス兄弟は画期的に箱入りパッケージを開発。箱には自らの肖像を印刷し、ブランドの視認性と差別化を図りました。このデザインは後の咳止め製品の標準となりました。

家族事業の継続

次世代のスミスも事業を引き継ぎ、さまざまなフレーバーの咳ドロップやシロップを追加。1919年に「スミス・ブラザーズ社」として法人化し、1963年に製薬大手ワーナー・ランバートが全権取得。1972年までスミス・ブラザーズの咳ドロップは製造・販売が続けられました。

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