ロシア流インフルエンザ(1889年と1977年)

初期の流行(1889年)

ロシア流インフルエンザ、別名アジアインフルエンザは、19世紀後半に起きた5つのパンデミックの最後でした。1889年後半に北米へ拡大し、1890年まで続き、約100万人が死亡したと推定されています。正確なウイルス株は不明ですが、H2N2の可能性が指摘されています。30年ぶりのパンデミックで、次は有名なスペイン風邪が続きました。

詳細

スウェーデンの医師が患者を追跡した研究によれば、潜伏期間は1〜3日、発症後の病程は平均2.3〜9.4日でした。この研究は、細菌学の進展により初めてインフルエンザの流行を科学的に分析できた「インフルエンザ史の転換点」と位置付けています。

後期の流行(1977年)

1977年に拡大したロシア流インフルエンザはH1N1株で、比較的軽度のパンデミックでした。1950年代のアジアインフルエンザと関連し、主に免疫が未熟な25歳未満の若年層に感染しました。症状は軽く、3〜4日で回復するケースが多く、1960年代後半の香港インフルエンザ以降初の大規模流行でした。

拡散

「レッドインフルエンザ」や「赤いインフルエンザ」とも呼ばれ、中国で発生した後、ソ連へ急速に広がり、1978年初頭に米国へ到達しました。主な症状は喉の痛み、発熱、倦怠感、筋肉痛で、同年米国製ワクチンは新ウイルスに対する防御効果を示しました。

パンデミックの位置付け

1889年のロシア流インフルエンザは広くパンデミックと認められていますが、1977年の流行は若年層に限定されたため、必ずしもパンデミックと見なされないことがあります。

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